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zoom RSS 曳舟川親水公園と東京葛西用水を歩く

<<   作成日時 : 2009/10/03 18:40   >>

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葛飾、足立両区を流れている葛西用水は、昭和40年代には、その役目を終え、現在、足立区内は葛西用水親水公園となり、葛飾区内の亀有駅付近は道路として使用され、亀有4丁目から南は、曳舟川親水公園と姿を変えています。そして、荒川から南(墨田区内)は、古上水跡は暗渠化され曳舟川通となっている。
     今日は、お花茶屋駅から北へJR亀有駅附近を通ってEX線八潮駅まで歩くことにした。

葛西用水は、江戸時代初期、越谷市にある元荒川に設けられた瓦曽根溜井から葛西領の用水として取水したのが始まりとされています。当初は、江戸川から取水する中島用水・鷺後用水を通じていました。その後、享保4年(1719)、埼玉県は羽生市に葛西用水の新圦が設けられたことで、利根川から水を得るようになり、現在知られているような、中川及び東京低地の主幹用水路である葛西用水が成立します。
                         参考資料・・・・葛飾区郷土と天文博物館発行の「葛西用水をさぐる」より

                      2009年7月15日(水曜日)
                        コース 概略
*****京成線お花茶屋駅〜曳舟川〜葛飾区郷土と天文博物館〜亀有駅付近〜東京葛西用水路〜
たから村付近〜足立区立博物館〜花畑運河(桜木橋)〜ふれあい桜橋〜TX八潮駅〜バス〜草加駅*****

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                              写真@
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                                写真A
@A京成線お花茶屋駅 駅から北へ(JR亀有駅へ向う道)行くと、写真@からAB附近へ、中央分離帯があり
親水公園になる。この辺りから親水公園が始まる。

 ******この辺りから曳舟川親水公園で安藤広重の浮世絵にも描かれた曳舟川の跡******
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                     田んぼ 博物館の下流、100b附近(白鳥3-14 1)
     葛飾区は古くから近郊農村として発展し、かって、この周辺でも稲作が盛んに行われてきました。
     公園内にも再現され、稲作の1年を体験できます。      案内板より引用
     また、約100m進むと、葛飾区郷土と天文博物館が右手に見えてきます。

                   葛飾区郷土と天文の博物館         (白鳥3-25 1) 
江戸川、荒川放水路など大小の河川に囲まれ、水と関わりが深い葛飾区。古代から近代にかけての
郷土に ついて展示するフロアと、天文展示室、ブラネタリウム、観測室など天文について学べるフロアからなる。

                    葛飾区郷土と天文の博物館附近
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                     写真@博物館前親水公園
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                     写真A鷹狩りと葛西のブロンズ像(鷹症)
鷹狩りは、1603年、江戸幕府を開いた徳川家康は非常に鷹狩りを好んで、各地に御殿や御茶屋を設けました。
家光の時代に制度を整へ、綱吉の時代は一時中断したが1717年吉宗の時代に制度が復活し幕末まで続きました。当区一帯は、隅田、江東、江戸川と共に、葛西筋といわれ、河川敷、沼地、溜池が各地にあり野鳥が多く飛来するので将軍家の鷹場になりました。又、この附近には白鳥の飛来した沼があり、白鳥という町名は、このことに因んでいます。周辺には、お花茶屋など鷹場に関する地名や様軍の休憩所となった寺も残っています。 案内板より

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                                写真@
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                                写真A
             写真@A博物館前親水公園(白鳥3-31附近)・・・やや上流附近(白鳥保育園手前)
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                                写真B
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                                写真C
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                                写真D
     写真@AB白鳥保育園附近の親水公園(白鳥3-32附近)・・・・花壇、ビオトープなど自然に近い区間

                *****白鳥3丁目附近から亀有1・2・3丁目附近の親水公園*****            
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                          写真@曳舟13橋
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                               写真A
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                               写真B
写真Aには曳舟物語が記載されている・・・江戸時代の後期、篠原村から亀有村の堀では曳舟が行われていました。かって本所方面に上水を供給していた古上水堀は川底が浅く、流れが緩やかであった為、魯で漕ぐことが
困難でした。そこで、5、6人のリの小船を網で引く、いわゆる曳舟が行われました。引く方法には川筋を挟んで
両側から引く方法と片側のみで引く方法がありました。

                     *****亀有1・2・3丁目附近の親水公園*****
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                          写真@下欄参照
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                     写真A 葛飾区内の親水公園。(曳船川跡)
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              写真B 写真@Aの場所から歩いてきた水路を振返って撮影

                         ・・・写真@曳舟川の由来・・・
曳舟川は、江戸幕府が明暦三年(1657)の大火ののち、開発に着手した本所・深川方面の新市街地へ、
飲料水を供給する目的で開削された水路。成立は万治二年(1659)といわれ、亀有上水あるいは、本所上水・小梅上水とも呼ばれました。水源は瓦曽根溜井(埼玉県越谷市)で、亀有に入ってからは東側に中井堀を分水し、
四つ木付近までは二条の水路が平行して流れていました。亀有上水の廃止は享保七年(1722)のことで、小梅より南の水路は埋め立てられましたが、上流部はそのまま用水として残され、古上水堀と称されました。

上水の廃止後、篠原村(現四つ木)から亀有村間の二八町(約3km)の水路を利用して「サッパコ」という小舟に人を乗せ、土手の上から長い綱で肩にかけて引くことが始まり、「曳舟川」と呼ばれるようになりました。
帝釈天詣や水戸街道に出る旅人が利用した曳舟は江戸東郊の風物として人気を呼び、多くの紀行文や、初代歌川(安藤)広重の「名所江戸百景」などに情景が描かれています。                     葛飾区
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            初代歌川広重作 「名所江戸百系 四ツ木通り用水曳舟」 (安政4年)
                       葛飾区郷土と天文の博物館発行 絵葉書より    
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    曳舟さいかち戸橋( 亀有3-5-4附近)を過ぎと常磐線の高架に出る。常磐線の高架  写真右方向に亀有駅
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                        常磐線の高架を過ぎた附近の親水公園
                                                                   
                   ******足立区に入り 東京葛西用水親水公園となる*****
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                            写真@
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                               写真A
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                               写真B
  @AB葛西用水親水水路(八か村落し親水緑道 中川緑道の合流地点)      足立区中川5-2附近
   写真奥のほうへ、八か村落し親水緑道から綾瀬駅に、反対に手前に、中川緑道から中川に、
   左方向に亀有駅、右に進むと太谷田陸橋へ、これから歩く方向・・・

周囲は、種々の木々が植えられ、夏のなので木陰は清々しいが、花は咲いていない。
用水は、工夫されていて、飽きることがない。水の際を歩いたり、浮き橋があって歩ける。
葛西用水親水水路は、よく手入れされている。途中には、トイレ・ベンチの設備もある。さくらの木も多く開花期は素晴らしいと思われる。   お花見に、また歩いてみたいコース

                      区立郷土博物館前と博物館
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                    写真@赤い橋は宝橋 右にバス停が見える
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                      写真A区立郷土博物館
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                   写真B東淵江庭園(博物館裏) 今日の食事場所                            
          ・・・・・足立郷土博物館・・・・・常設展示テーマ「江戸東京の東効」・・・・・
現在の足立区の原型は、大都市江戸と東京の東効となったことが始まりです。東効とは、江戸東京の都心部から広がる近郊地域を東西に分けて「東側の近郊」という意味で、現在の足立区、葛飾区、江戸川区とその周辺を示しています。東効は丘陵の多い西郊に比べて、大河川の下流域にあたる平坦な地域です。そこに生まれたさまざまな東効は、現在の足立区の発展と、生活や文化を形づくっています。「江戸東京の東効」をテーマに、足立区の特徴を紹介しています。                        足立郷土博物館パンプレッとより

       *****博物館〜花畑運河(桜木橋)〜ふれあい桜橋〜TX八潮駅まで*****
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                         写真@博物館を過ぎた辺りの水辺遊歩道
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                     写真A花畑運河(桜木橋から綾瀬川方面を見る)       
足立区東部に位置し、東京近郊農村地帯と都心を連絡する舟運の利便化のために1931年(昭和6年)に、
「中川」と「綾瀬川」を結ぶ運河として開削された。

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                    写真B花畑運河 中川水門(水門の後方は中川)
                    中川が気になってチョット寄り道へ・・・再び桜木橋まで戻る
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                  写真C桜木橋越えると親水ゾーン・生態ゾーン
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                  写真D生態ゾーンは終り、ふれあい桜橋に出る
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                         写真Dふれあい桜橋(足立区側から)

                      垳 川に架かる橋(ふれあい桜橋)
垳 川は、かつての綾瀬川、東京都足立区と埼玉県八潮市の行政界域となっている。
綾瀬川は1624年から19年にかけて、内匠新田から葛飾区堀切の中川合流地点まで、河川改修で直線化された為、内匠新田から中川までの流路が残された。1729年には中川側(東端)も遮断され、川としての機能を失った。 
 この区間の岸は(足立区側)、1987年(昭和62年)に神明・六木遊歩道として整備されている

今日は探索は此処で終了する。TX八潮駅へ ふれあい橋から約2km そしてバスで草加駅へ






    












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内 容 ニックネーム/日時
My Dearest トッチャン先生,
 いつも御丁寧なる案内記事を有り難うございます。いろいろと勉強させていただいて居ります。
 古隅田川の時と同じく,葛西用水の記事にも刺激を受けて,私も実地に歩いて参りました。
 私の場合は,八潮から亀有駅付近まででしたが,写真に撮って記事にし,スライドショー形式で自分のHPに載せてました。
 おついでの折に御披見賜りますれば,幸いです。
 併せて,先生のサイトの案内もさせていただきました。
 失礼ながらも,以上御報告申し上げます。
On October 14, 2012 Sincerely Yours,
     摂田 寛二拝
    Jag12001@nifty.com
  http://homepage2.nifty.com/KanjiSetsuda/

KanjiSetsuda
2012/10/14 12:19

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曳舟川親水公園と東京葛西用水を歩く トッチャンのウォーキング/BIGLOBEウェブリブログ
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