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zoom RSS 荒川の右岸を歩くパートE 御成橋(古名)から樋詰橋 桶川駅まで

<<   作成日時 : 2009/10/12 15:59   >>

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Cに続き、荒川右岸を歩いて瀬替えのポイント市野川の合流地点や旧荒川を探りながら水害と戦った先人の労苦を探勝する。
                       2009年6月9日(火)
                        コース概略
鴻巣駅⇒バス⇒古名  「自転車道路」荒川の右岸堤防⇒新旧の堤防 さくら堤公園入口⇒桜堤⇒
吉見排水機場 県道33号線⇒松永橋⇒市野川右岸堤防⇒鳥羽井沼自然公園⇒鳥羽井橋⇒市野川左岸堤防⇒諏訪橋と大塚橋⇒神明堰 市野川終点(荒川合流地点)⇒市野川・荒川右岸堤防⇒太郎右衛門橋⇒
旧荒川(沼地)⇒ホンダエアポート⇒旧荒川⇒樋詰橋⇒荒川左岸⇒(市内循環バス)⇒桶川駅

今回の企画も 下記 HP参考にしています
関東地方の川  アドレス http://www.geocities.jp/fukadasoft/rivers/index.html 
荒川上流河川事務所 荒川を知ろう、荒川を遊ぼう、から  アドレス http://www.ktr.mlit.go.jp/arajo/index.html
                     
江戸時代初期におこなわれた荒川の瀬替え(1629年)によって、新たに荒川の右岸となった、吉見領や川島領では以前よりも洪水量が増加した。その洪水から集落を守るために、大規模な堤防の建設が藩主の命でおこなわれた。川島領では慶長年間(1610年前後)に伊奈忠次によって囲堤が築かれ、慶安年間(1650年前後)には川越藩主、松平信綱によって大規模な囲堤が築かれている(川島領囲堤)。吉見領にも元和年間(1620年前後)に、伊奈忠次によって囲堤が築かれている。荒川の氾濫から横見郡(現在の吉見町)を守るための高さ約3mの堤防である。これが吉見領囲堤や大囲堤、呼ばれる輪中堤防であり、和田吉野川、荒川、市野川の洪水から集落を守ってきた。吉見領の西側には丘陵地帯が位置するので堤防こそないが、それ以外の三方向は堤防で囲まれたのである。吉見町の桜堤公園はこの旧堤防、吉見領囲堤の一部(東端)を公園化したものである。桜堤公園はかつては荒川の右岸堤防であった。桜堤公園の南端から西へと延びる市野川の左岸堤防(台山堤)も、吉見領囲堤の一部(南端)である。
          参考 リンク先
   大囲堤、呼ばれる輪中堤防      http://68535631.at.webry.info/200909/article_7.html
   横 堤                  http://68535631.at.webry.info/200910/article_5.html

 *****古名バス停〜荒川の右岸堤防)⇒自転車道(遊歩道)⇒
                              新旧の堤防 さくら堤入口⇒桜堤⇒県道33号線まで*****

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                      写真@川幅日本一 古名(吉野町側)の標示板
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                     写真A古名から見た27号線(東松山/鴻巣線)で横堤
@荒川右岸側 古名(吉見町側)の川幅日本一標示板 川幅2537b 御成橋は1,7キロ先になる
A古名から見た27号線(鴻巣方面を見る)、この付近の荒川両岸は、広大な高水敷がで、御成橋を渡り終えても、右岸までは1.7Kmもある!!この1.7Kmは横堤で、県道27号線である。
県道には、昔、河岸場があったことを示す、御成河岸という名のバス停がある。又、バス停付近には、旧荒川の
河道跡が残りっている。なお、御成橋右岸の横堤に沿った明秋、古名地区は、堤外地だが集落があり現在も人が住んでいる。堤外地に私有地が多いのも荒川の特徴だ。(農地だけでなく民家も多い)
         シリーズパートCも参照ください!! より理解しやすいと思います。

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                      写真B新旧の堤防(上流から)
新旧の堤防 古名から荒川自転車道を下流へ800m進むと、吉見町の桜堤公園入口へ辿り着く。
写真は新旧の堤防の高さの違いを確認する同行者の友人。左が旧荒川の右岸堤防、右が桜堤公園。 
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                       写真C荒川自転車道路
     荒川自転車道は歩行者、自転車専用道で、正式名は、さいたま武蔵丘陵森林公園自転車道。
     さいたま市と森林公園を結ぶ総延長46kmのサイクリングロード
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                       写真Dさくら堤入口
桜堤公園の入口付近には、古い標石測量が残っている。これは荒川の近代改修の時設置された。
さくら堤公園は延長約2Km(荒川自転車道の一部)。旧堤防(吉見領大囲堤、江戸時代に築かれた荒川と市野川の輪中堤防)を公園として整備したもの。堤防の天端は[ふるさと歩道]として遊歩道化されている。また吉見八景にも選ばれている見事な桜並木が続く。
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                         写真E安土堂橋から上流を見る
     さくら堤公園の中間附近の安土堂橋(あんぢつどう)から上流をみる。写真右側に、吉見さくら堤、
     裾を流れる文覚排水路(文覚川)。
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                      写真Fさくら堤入り口(県道33号線側)
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                      写真G県道33号線側のさくら堤入口標識
FG県道33号線側のさくら堤入口、写真手前に吉見排水機場、ここから約400b下流で市野川右岸に合流する。排水機場には3つの川(台山排水路 中堀 文覚川)を合流させその排水を堤外水路(中堀)に通して市野川へ流す。

   *****33号線(吉見排水機場)⇒松永橋⇒市野川右岸堤防⇒鳥羽井沼自然公園⇒鳥羽井沼まで*****

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                     写真@吉見排水機場  県道33号線上から撮影
吉見排水機場(昭和36年完成)へは文覚排水路、内谷堀排水路、台山排水路が合流。旧吉見領の排水は排水機場から吉見樋管(台山堤)を経由して市野川へ排水されている。
県道33号線(東松山/桶川線)は、荒川の横堤の上に設けられている。東へ1.7Km(写真の右側方向)進むと、
荒川に架かる荒井橋がある
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                     写真A県道33号線から市野川を望む  (付近は工事中)
東から西へ(写真の左から右へ)と続くのが、市野川の右岸堤防。これもかつての吉見領囲堤。
写真左側方向進むと、荒川の荒井橋。(33号線を挟んで写真@の反対側つまり南側を撮影している)
写真に見えるのが吉見樋管(吉見排水機場の樋管)、奥が市野川の右岸堤防。
吉見領は周囲が堤防で囲まれているため、降った雨の自然排水が困難だった。そのため、古い時代から吉見領囲堤には降った雨を市野川へ落とすための排水樋管が、随所にある。吉見樋管から市野川までは中堀と呼ばれる排水路が設けられている。中堀は市野川の松永橋の上流へ合流する。

      ・・・この附近で市野川が荒川の河川敷へ入る、市野川の左岸堤防は背割堤に!!
                     右岸は市野川と荒川の右岸堤防に(荒川自転車道路げ整備されている)・・・
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            写真B松永橋を見る 県道33号東松山桶川線から500m下流付近から
河川敷の中に架かるのが松永橋で冠水橋、写真中央(2本の木立のところの奥)が市野川の右岸堤防。この付近の市野川の堤防は左岸が吉見領大囲堤、右岸が川島領大囲堤の一部で、歴史的に水害常襲地帯であり、堤防の高さを巡って、両岸の争いが絶えなかった地域である。

     此処(市野川の左岸)から、松永橋を渡って市野川・荒川の右岸堤防(自転車道路)に出る
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                    写真C市野川・荒川の右岸堤防に出る
  河川敷から市野川右岸堤防(荒川の右岸堤防 荒川自転車道路)にでる.そこは!!感動の眺望に出会う!!
  堤防上の道路からは雄大で豊かな田園風景を展望する・写真正面まで約2`はあるだろうか・・・。
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       写真D市野川・荒川の右岸堤防の風景、堤防右端は実に広大な田園地帯でビックリする
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                         写真E海から58`地点
      海から58キロ地点の標識, 暫く写真正面の方向に広大な風景を見ながら歩き鳥羽井沼へ
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                          写真F鳥羽井沼
鳥羽井沼は安永年間(1780年頃)の市野川(当時はこの付近は荒川)の洪水で、堤防が決壊したさいにできた落ち堀(切れ所)。沼は自然公園として整備されていて、釣り人も多い。鳥羽井排水機場があり、自然排水が困難
な場合、鳥羽井樋門から市野川に、強制排水するためのポンプ場。

   *****鳥羽井橋⇒市野川左岸堤防⇒諏訪橋と大塚橋⇒神明堰 市野川終点(荒川合流地点)*****

          鳥羽井沼から市野川に架かる橋「鳥羽井橋」を渡り市野川左岸堤防へ
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             写真@右岸堤防上から見た鳥羽井橋 正面に見える木立は石戸宿の天神下附近・・・?
   再び、市野川の河川敷に入る。堤防内は、ほとんどが農地なので、この橋も農道橋としての役割も大きい
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                      写真A鳥羽井橋から下流を見る
             市野川が荒川に合流する地点付近の鉄塔が微かに見える
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                      写真B市野川堤上流方向を見る
             微かに写真左方向から右方向に県道33号線が見える。写真右奥が荒井橋方向になる
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                     写真C背割堤(堤防の終端)
市野川左岸堤防を下流方向に歩くと、堤防がなくなる。荒川の右岸堤防(兼.市野川の左岸堤防)である背割が終わる。写真中央の背割堤を挟んで、左側が市野川、右側が荒川の河川敷  大塚橋付近から撮影
又、市野川の終点(荒川との合流地点)は、この堤防の終端から、下流へ800mの付近になる。
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                        写真D大塚橋(青い橋)
   市野川の上流から大塚橋をみる(市野川合流地点の最下流に架かる橋) 橋上から友人が手を上げている
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                     写真E大塚橋から市野川の下流方向を見る
   写真中央の森・鉄塔付近(1km下流)で、荒川の右岸へ合流する。写真の左隅にかすかに見えるのは、
   建設中の圏央道。  市野川は寄居町から流れて来る一級河川。
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                            写真F諏訪橋と大塚橋
   諏訪橋と大塚橋 (市野川の右岸から撮影) 手前が永楽用水に架かる諏訪橋、奥が市野川の大塚橋。
   大塚橋と諏訪橋(永楽用水に架かる橋)を渡り、市野川の右岸へ、河川敷内の道路を下流方行へ
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                            写真G阿津満稲荷大明神
荒川への合流地点から、100m上流の河川敷内に位置。立派に重なった鳥居だが、洪水になったら流されてしまうのでは?
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                            写真H神明堰(右岸下流から)
    神明堰は農業用水の取水堰。揚水機場が併設されていて、市野川右岸下流の川島町三保谷宿、
    牛ケ谷戸、山ケ谷戸地区へ送水している。   写真は落差工、減勢工、 護床工の3点セット
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                         写真I市野川(右岸上流から)
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                         写真J市野川の終点、荒川へ合流(下流から)
IJ写真の左が市野川、右奥が荒川。合流地点には根固めブロックが大量に設置されている。
市野川の川幅(低水敷)は、約50m。この付近の市野川の流路は、荒川の旧流路を昭和初期に改修したもので、以前の荒川は西へ大きく蛇行していた。蛇行の痕跡は市町村界に今も残っていて、この付近の荒川(低水路)の両岸は北本市石戸宿である。穴場なのだろうか、釣りをしている人が多い。

       *****市野川終点(荒川合流地点)⇒市野川・荒川右岸堤防⇒圏央道⇒太郎右衛門橋*****
           市野川の右岸堤防でもあるも荒川の右岸堤防(荒川自転車道路)に再び戻る

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              写真@市野川の右岸堤防(荒川の右岸堤防でもある)から上流を見る
荒川の右岸堤防は、かつては川島領囲堤の東側の砦だった。堤防の中段に見えるのは水防倉庫。中にはいざという時に備えて、土嚢などが格納されている。荒川の堤防天端は砂利敷だが、中小段は舗装され、荒川自転車道として整備されている。建設中の圏央道は、此処から下流へ約400b

右岸側の河川敷には小さな横堤がある。川島町側の堤内は低地であり、谷と名の付いた地名が多いが、これは低湿地だったことに由来。一方、対岸の地形は対照的で、桶川市川田谷付近は荒川に向かって突き出した舌状の台地であり、荒川の河床との比高差が大きいので、堤防は設けられていない。
又、河川敷内では(写真右前方、木立の奥)、延長2Kmにも及ぶ瀬割堤(導流堤)を伴い、市野川と荒川の合流地点になる。川島町は四方を河川の堤防で囲まれているが(川島領囲堤)、市野川の右岸堤防は、かつては川島領囲堤の一部であり、町の北から東の地区を洪水の被害から守っていた。

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                      写真A建設中の圏央道から上流から
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                       写真B太郎右衛門橋と横堤 右岸上流から
桶川市と川島町を結ぶ県道12号線の橋、昭和46年(1971)竣工。長さ900mで、右岸側の横堤(写真中央の右半分)の上に設けられている。これは荒川に架かる、大きな橋の特徴でもある。太郎右衛門という名称は、渡し場の運営者の名前に由来する。

 *****太郎右衛門橋(橋下流へ)⇒ホンダエアポート⇒沼地(旧荒川)⇒赤城樋管と排水路⇒橋詰橋*****

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                      写真@ 太郎右衛門橋と横堤 右岸上流から   
太郎右衛門橋 右岸橋詰 海から53.9キロ地点 写真後方が桶川市方面でアプローチ部分、約500mが横堤になっている
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                       写真A沼地(旧荒川)
            右岸堤防(荒川自転車道路)のエアポート入口付近から見る沼地
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                            写真Bホンダ航空
本田航空が運営する空港で、創始者は、あの本田宗一郎!遊覧飛行やスポーツフライトなどが楽しめる。
ホンダエアポートの隣にはモトクロスコースもある。ホンダエアポートの前身は、旧陸軍の熊谷飛行学校桶川分教場。熊谷陸軍飛行学校の名のとおり、本校は現在の熊谷市三尻に置かれ、三ヶ尻飛行場とも呼ばれた。跡地は
現在、航空自衛隊熊谷基地と熊谷工業団地となっている。

ホン飛行場の西側に隣接して、1kmほど沼地(旧荒川)が続く。この沼地は荒川の旧河道は、昭和初期まで荒川が流れていた跡で、旧荒川ともいう。頻繁に蛇行を繰り返して流れていた頃の痕跡が見て取れる。旧荒川が桶川市と川島町の行政界となっている。
         ・・・・・@〜Bは 20009/09/23撮影  詳細は下記アドレスへ ・・・・・ 
            http://68535631.at.webry.info/200909/article_7.html ・・・・・
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                         写真C旧荒川(沼地)
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                        写真D旧荒川(沼地)
CDモトクロスコース(飛行場から300b下流付近)の沼地(旧荒川) ホン飛行場の西側に隣接して、1kmほど続く。この沼地は荒川の旧河道は、昭和初期まで荒川が流れていた跡で、旧荒川ともいう。頻繁に蛇行を繰り返して流れていた頃の痕跡が見て取れる。旧荒川が桶川市と川島町の行政界となっている。締め切られているので、水源は無いはずなのだが、意外に水量は豊かである。ここには自然が色濃く残り、景観は良好だ。あちこちにデッキが設けられていて、釣り人も多い
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                         写真E橋詰橋へ続く道路
写真の正面へ進むと樋詰橋に出る。橋を渡ると荒川左岸堤防、又、写真後方へ(南西)1キロ進むと道路は横堤となり、荒川の右岸堤防に辿り着く。
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                    写真F橋詰橋(左岸)上流から
                樋詰橋は桶川市と上尾市の境界付近に架かる。
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                   写真G荒川本流を見る 橋詰橋から下流方向
                  樋詰橋から荒川左岸堤防に上がり
    *****樋詰橋⇒泉福寺⇒ 川田谷 三田原集会場付近バス停⇒(市内循環バス)⇒桶川駅へ*****
                     
               今日の探索は此処で終了、市内循環バスバスで桶川駅へ
 今日の万歩計は  通常歩行 30644歩 しっかり歩行 10089歩 消費カロリー804`i 歩行距離 22`


 














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