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zoom RSS 荒川中流域 六堰頭首工と白鳥飛来地 畠山重忠史跡公園など探勝ウォーク

<<   作成日時 : 2009/10/17 17:10   >>

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約400年前に造られたと云う、六堰頭首工と右岸側にある、畠山重忠史跡公園や白鳥飛来地などの探勝ウォーク

  今回の企画は 下記 HP参考にしました。
  関東地方の川  アドレス http://www.geocities.jp/fukadasoft/rivers/index.html 

                     2009年10月15日(金)
                        コース概略
  秩父鉄道 永田駅⇒六堰頭首工(重忠橋)⇒畠山重忠史跡公園⇒満福寺⇒井椋神社⇒荒川第2水管橋⇒
  植松橋⇒吉野川の合流地点 ⇒鹿島古墳群⇒白鳥の飛来地 サイフォン吐出口⇒押切橋⇒荒川左岸堤⇒
  明戸河原 江南サイフォン サイホン呑口 射流分水工)⇒秩父鉄道 明戸生駅   

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                         写真@六堰頭首工(右岸上流より)
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                           写真A取水口(右岸上流より)
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                         写真B頭首工と重忠橋(右岸橋詰より)
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                          写真C400年前の6つの堰
@ABC六堰頭首工から取水される大里用水は、今から400年前から整備され、荒川の5`の区間に6つの堰があったために、干ばつになると水争いおこり、洪水が発生すると堰が流失する災害が繰り返されてきました。そのため6つの堰を統合した「六堰頭首工」昭和14年に完成し、以来63年間に渡り大里地域の農業発展に大きな役割を果たしてきました。しかし荒川の河床低下、施設の老朽化などで、平成6年から機能回復、災害の未然防止を目的とした「大里総合農地防災事業」に着手し平成15年完成しました。この六堰頭首工から取水された用水は、熊谷市を中心とする水田3820haに灌漑され、大里用水地域の農業発展に大きく貢献しています。
頭首工はゲート5門(幅40m×4、幅25m×1)、右岸側(写真手前)には、流水改善水路、階段式と緩勾配式の2種類の魚道が設けられている。なお、六堰頭首工には管理橋(一般道)が併設、その名は重忠橋という
          受益対象地域   熊谷市 3080 行田市 350 深谷市 270 鴻巣市 120

   この大里六堰とは荒川に作られた6つの堰(北側上流から、奈良堰、玉井堰、大麻生堰成田堰の4つと、
   南側の御正堰、吉見堰「万吉堰」の2つ)を纏めた呼び名です

                  *****寄道 畠山重忠公探勝***** 
        (重忠橋)⇒畠山重忠史跡公園⇒満福寺⇒鶯の瀬⇒井椋神社⇒荒川第2水管橋
                         
                        畠山重忠史跡公園
折角なので大里郡川本町の「畠山重忠公の墓、館跡」と「史跡鶯の瀬」を探勝計画に入れる。
鎌倉の源頼朝に仕えて、武士として華々しい活躍をしたことで有名な畠山次郎重忠は、この地で生れ、長じて菅谷館を本拠地とし、後年二俣川(現在の横浜市)で非業の死を遂げたことで知られるが、この川本町には重忠ゆかりの 遺構遺物も多い。
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                            写真@畠山重忠史跡公園
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                            写真A重忠公の居館跡
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                         写真B畠山重忠と家人の五輪塔
  AB重忠公の居館跡で、建物の中に重忠とその家臣の墓といわれる五輪塔「空・風・火・水・土・」の石が
  五段に積みに重ねられた五輪塔様式の墓と板碑がある
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                              写真C逸話の銅像
C一の谷の合戦で愛馬三日月を背負っての「ひよどり超えの逆落とし」の逸話の銅像。
畠山重忠といえば、やはり上の写真の一ノ谷合戦での鵯越の逆落としで、愛馬三日月を背負って降りるシーンを
思い浮かべる人が多い。この話は重忠その人の人柄を象徴していて、力持ちで、情け深い性格を感じさせられる。

                              満福寺
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                            写真D満福寺山門
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                            写真E観音閣
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                           写真F重忠廟の碑
満福寺は重忠公の菩提寺。寺には重忠公の「実山宗眞大居士」の位牌があり、寺宝として茶釜、茶碗、太刀、
長刀、大般若経、御朱印状などが伝えられている。別棟の観音閣には、重忠公の守本尊・先手観音像が安置され、寺の裏には重忠廟の碑がある
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                            写真G井椋(いぐら)神社鳥居
井椋神社は、畠山氏の先祖である将恒から武基、武綱、重弘、重能の代に至る間、秩父吉田郷領主として
井椋五所宮を敬ってきた。その後重忠の父重能が畠山庄司となって館を畠山に移した時、祖父重綱が勧請(分祠)したものである。また、社殿の裏の荒川断崖に鶯の瀬の碑が建立されている。

               ・・・・・・・・・・・畠山重忠公探勝 終り  鶯の瀬の碑へ ・・・・・・・・・・

         *****鶯の瀬⇒植松橋⇒吉野川の合流地点 ⇒鹿島古墳群⇒白鳥の飛来地*****
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                           写真@鶯ノ瀬と呼ばれる浅瀬
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                           写真A鶯の瀬の碑
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                           写真B川本町郷土カルタ
この付近の荒川は鶯ノ瀬と呼ばれる浅瀬になっている。河床の大半は露出した岩盤で、おう穴(ポットホール)も見られる。砂利や礫の堆積した、いわゆる河原はない。鶯ノ瀬の名は荒川を渡ろうとしていた畠山重忠(鎌倉時代)に、   鶯が鳴き声で浅瀬の場所を知らせたという故事に基づく。  奥に見える橋は 荒川第2水管橋
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                          写真C水神様(川本町大字畠山)
水神は水を祀る神で、「祭神」は「蛇」とも「河童」とも言われている。昭和初期までは、この荒川の浅瀬を利用して   水車を回して小麦粉を引くために20隻に及ぶ船車があった。又、鵜飼や投網などによって魚をとり生活していた
人たちや、秩父からの材木を江戸に運んだ筏師達も多かった。これらの人たちが、この水神様に無事を祈って信仰したと伝えられている。尚この近くには、竹の内という「筏師」の船宿があった。縁日には、今でも水神講という
行事を行っている                                          平成11年9月   埼玉県
荒川では長い間、筏流しが盛んだったが、秩父鉄道の全通と旧六堰頭首工の竣功によって、事実上、
終止符が打たれた。
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                            写真D植松橋(右岸から)
  現在の植松橋は昭和46年(1971)竣工の鋼桁橋、旧橋はコンクリート製の冠水橋だった。植松橋の右岸上流
  には、その植松冠水橋(昭和26年(1951)完成)の竣工記念碑がある
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                          写真E吉野川の合流(右岸から)
吉野川の流域は江南台地である。写真の手前が吉野川。自然合流である。吉野川は、かつて和田吉野川と密接な関係があったが、今は別の河川。地元では逆川とも呼ばれている。北へ向かって流れる川は、埼玉県では逆川と   異名を持つことが多い。この付近は昭和30年に川本村が誕生するまで、荒川の右岸が大里郡本畠村、左岸が大里郡武川村だった。    此処から約500m先に鹿島古墳群がある
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                             写真F鹿島古墳群
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                             写真G川本郷土カルタ
@A白鳥の飛来地のすぐ南側は、荒川の河岸段丘で。そこに延々1Km続くのが鹿島古墳群(埼玉県指定史跡)
古墳の分布は2Kmにも及ぶそうだが、古墳群として指定されているのは1Km。埼玉県を代表する群集墳であり、
直径10m程の保存状態の良い円墳が約60基、現存する。荒川の洪水で破壊された古墳も多いという
      
      *****白鳥の飛来地 サイフォン吐出口⇒押切橋⇒荒川左岸堤⇒
             明戸河原 江南サイフォン サイホン呑口 射流分水工)⇒秩父鉄道 明戸駅*****
                  
                     白鳥の飛来地(右岸側の河川敷) 川本町本田
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                            写真@白鳥飛来地 入口
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                           写真A白鳥飛来地 荒川の河原
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                            写真B餌付けの様子  
@A川本町の荒川には、シベリアから白鳥が渡ってくる。主にコハクチョウだが、多い日には1日に200羽以上も飛来することがあるそうだ。白鳥の他にマガモ、カイツブリ、アオサギ、カラス!も集まってくる。
白鳥はいないが、イメージで!!  
A写真前方に江南サイフォンがある、此処からでは確認できない。
  この後、押切橋を渡り対岸へ向かうので、再度 確認する
B写真は餌付けの様子。1日2回、10:00と15:00に行なわれている。   (関東地方の川 HPより拝借)
               
                  白鳥飛来地における餌付けの廃止のお知らせ
川本地区の荒川河川敷は平成3年から白鳥への餌付けが行われ、白鳥飛来地として多くの皆様に親しまれてまいりました。しかし、鳥インフルエンザの問題や生態系への影響などを考え、今年から餌付けを廃止することと致しました。なお、当分の間は白鳥を見学に来る皆様には、帰る際の衛生消毒を実施してまいりますので、ご理解とご協力をお願いします。                                      深谷市   平成21年9月7日

                     白鳥飛来地河原の途中にある江南サイフォン
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                           写真C江南サイフォンの吐出口
歴史 この地にある江南サイフォンの「呑み口」「吐き出口」は約4`上流の旧六堰頭首工で取水された農業用水を「左岸側の呑口」よりサイフォン「荒川に架かった水のトンネル」から対岸の「吐出口」に、農業用水を運ぶためのものです。現在は新六堰頭首工の下にサイフォンを設け直接送水されているため、江南サイフォンは取壊され「呑み口」「吐き出口」は閉鎖されました。建設当時としてはデザイン的に十分美観的にも配慮され歴史的にも後世に
残せる構造物として、現在その姿を保持しています。
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                          写真@御正吉見堰幹線用水路
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                           写真A御正吉見堰幹線用水路
@A白鳥飛来地入口から約600m下流附近の用水路、下流で手島用水路と村岡用水路に分かれる
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                           写真B押切橋 右岸から
荒川の右岸側は段丘崖で、堤防は設けられていない。橋は平成3年(1991)竣工、県道47号深谷東松山線の橋梁
(長さ約1.4Km)。荒川の中上流部に架かる橋では最長。この付近の地区名は押切だが、これは”大雨になると
洪水流が堤防を押し破る”に由来する。つまり、堤防の決壊の常襲地である。
   
  ・・・・・橋の途中で橋の降り口から左岸堤防にでる。左に大麻生ゴルフ場を見ながら明戸河原へ・・・・・
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                            写真C江南サイフォン
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                            写真D江南サイフォン
CD鹿島古墳群の北側に位置する。写真上部の雑木林(荒川の河畔林)の向こう側が鹿島古墳群と白鳥飛来地である。  江南サイフォンは大里用水(六堰用水)の送水施設。
荒川右岸の江南町と大里町への農業用水(御正堰用水と吉見堰用水)が荒川の下をサイフォンで横断している。  固定堰のように見えるが、実は露出してしまった伏越だ。上流にダム群が建設されたことで、荒川の河床が
年々低下したことが原因。サイフォンの下流側は落差が大きく、滝のような流れになっている。露出した岩盤の上には床固めのコンクリートブロックが大量に設置されていて、勇壮な景観だ。逆光でイメージが出ないのが残念!!
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                  写真E露出したサイフォン 大里用水のパンフレットから

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                            写真F明戸河原
F明戸河原 白鳥の飛来地付近では、荒川は扇状地河川特有の乱流のために浅瀬となっていて、
所々で岩盤(凝灰岩や泥岩)が露出している。地層の方向に沿って露出しているようだ。その見事な景観は俗に、  明戸河原と呼ばれている
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             写真G江南サイフォンから下流を見る(押切橋が約1,2`先に見える)
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                     写真H閉鎖された江南サイフォンの呑み口
写真の奥は荒川の左岸堤防。このサイフォンによって、荒川の右岸側の農業用水路である、
御正堰(みしょう)用水と吉見堰用水へ用水が運ばれていた。主に江南町、熊谷市、大里町の水田に使われる水である。  吐出口は白鳥飛来地の河原の途中で見てきた。
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                       写真I呑み口附近の分水工
荒川の左岸側にあるのは、上流から奈良堰用水、玉井堰用水、大麻生堰用水、成田堰用水の4つである。
秩父鉄道はこれら全ての用水を跨いでいる。
又、右岸側は、現在サイフォンは六堰頭首工の中にあり右岸幹線用水路で送水さられている

今日の探索は 此処で終了!! 天気にも恵まれ、コースにも満足し 秩父鉄道 明戸駅へ向かう。約1,5キロ
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                             秩父鉄道 明戸駅 






 




                   

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