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zoom RSS 秩父夜祭ルーツ探訪 妙見七ツ井戸と秩父街中歩き

<<   作成日時 : 2009/12/07 18:43   >>

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秩父夜祭のルーツ 秩父妙見七ツ井戸と荒川に沿ったいにしえの道「平安の道」を辿り、武甲山の伏流水が流れる
「知々夫滝坂水神社」を訪ね、秩父の街中を散策します。妙見七ツ井戸とは、妙見菩薩が秩父神社に合祀された際、宮地の妙見宮から秩父神社まで、渡っていったとされる七ツの井戸です。  JR東日本 秩父鉄道共同企画

    参考  秩父市の文化財 ホームページ http://www1.city.chichibu.lg.jp/bunkazai/index.html

                         2009年12月6日(日)
大野原駅→廣見寺→一の井戸(山下の井戸)→二の井戸(井之上の井戸)→札所18番神門寺→
    三の井戸(子育ての井戸)→四の井戸(下堀の井戸)→五の井戸(あらゐの井戸)→
                 六の井戸(みざわの井戸)→七の井戸(今重の井戸)→札所16番西光寺→
                                 中近笠鉾蔵→平安の道→知々夫滝坂水神社→御花畑駅
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                        写真@秩父鉄道 大野原駅 受付風景
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                              写真A廣見寺石経蔵
廣見寺裏山の山裾の礫岩をくり抜いて造った広さ16.5uばかりの石室に、数千個の川原石が蔵され、その石面に丹念に大般若経が書かれている。明和(1764-72)の頃、十八世大量和尚と越後観音院庵主宗龍禅師が協力して、大般若経の書写の功徳によって民衆の救済をはかったと伝えられる。また、天保年間(1830-44)の飢饉の際、寺の施米にあたって、この石経蔵が造られたという一説もある。       秩父市 文化財 ホームページから 
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                               写真B廣見寺
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                             写真C廣見寺 三門
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                             写真D廣見寺 惣門
    BCD廣見寺は、明徳2年(1391)明徳2年天光良産禅師により開かれた、曹洞宗のお寺。
        秩父地域の曹洞宗寺院では1番初めに開創 された。

                        *****妙見七ツ井戸探訪*****
   妙見七ツ井戸とは、妙見大菩薩が秩父神社に合祀された際に、宮地の妙見宮から秩父神社まで
   渡っていったとされる七ツの井戸(湧水)です。寺の南側、宮地台地に妙見宮が祀られていたと
   伝えられている。廣見寺側から、一の井戸から七の井戸と数えます
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                           写真@一の井戸(山下の井戸)
埼玉県立秩父東高校の敷地内、格技場の東側付近にあったといわれています。残念ながら学校建設の際、埋め立てられてしまい、現在ではその形を見ることが出来ません。かっては畑の片隅から水が懇々と湧き出し、農作業などに使われていました。学校内への立ち入りは禁止です。  此処から、二の井戸(井之上の井戸)まで約500m
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                            写真A二の井戸(井之上の井戸)
     かっては石垣の下から湧き出ていましたが、残念ながら現在では湧水は認められません。
     この井戸跡は、当時の形を再現したものです。           中宮地町 野原氏所有
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                              写真B札所18番神門寺
この寺は、もと修験寺で、神門山長生院といい、今宮坊に属し栄えたという。多くの建物があったが、
寛政年間(1789〜1801)の頃焼失、その後観音堂のみ再建されたが、今の堂は天保の頃造られたといわれ、
当地方の名匠、藤田家の末孫藤田若狭の手によるものといわれる。本尊は聖観世音立像で、両手で蓮茎を持つ
珍しいもので、像高102cm、室町時代の作である。              秩父市 文化財 ホームページから
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                          写真C三の井戸(子育ての井戸)
@現在では僅かではありますが、湧水が見られます。井戸の湧水は大きく減少してしまいましたが、
当時の面影を、今にとどめています。井戸の水を炊いてご飯を食べると、乳の出が良くなると言い伝えがあり、
柄杓を供えていく方もいました。      中宮地町 高野氏所有   此処から四の井戸(下堀の井戸)まで2分
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                          写真D四の井戸(下堀の井戸)
  現在も湧水が見られ、近隣の方々に、野菜の洗い場として今も利用されております。かってここにあった、
  大ケヤキ根本からは、とめどもなく水が湧き出し、七ツ井戸の中で最も水量を誇っていました。
  現在は勝手の3分の一の水量です。この井戸はカニもいるほど綺麗です。食器なども洗っています。
        中宮地町 共同所有   此処から 五の井戸(あらゐの井戸)へ120b
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                         写真E五の井戸(あらゐの井戸)
   現在でも豊富な湧水が見られ、野菜の洗い場となどとして利用されています。関根家では、
   新年の初め井戸の水を星水として神棚に上げます。          中宮地町  関根氏所有
                   六の井戸(みざわの井戸)まで610b
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                          写真F七の井戸(今重の井戸)
   隣接のアパート敷地地下に位置していたもので、かっての様子を見ることが出来ません。現在はその近くに
   井戸囲いを整備し、水の流れを再現しています
         六の井戸(みざわの井戸)は見過ごしてしまったようだ!!残念です
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                            写真G札所16番西光寺
この札所は、真義真言宗で、本堂は寄棟<よせむね>の大きな建物である。内陣には千手観世音を中心に
数多くの仏像が安置され、中でも三宝荒神像は注目され寄木造り八面八臂の珍しいものがある。
秩父の札所の中で、唯一札堂を有している。また、四国88ヶ所の諸仏を安置する回廊堂のあることも特異な
札所である。
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                 写真G札所16番西光寺 参詣案内   クリックしてください
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                 写真H荒川の上流を見る(近戸町)  クリックしてください
    押堀川が荒川へ合流している(写真の左側より)。この上流に井戸尻橋(押堀川に架かる)、
    この橋を渡って左側に知々夫滝坂水神社がある。写真対岸は別所運動公園
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                            写真I知々夫滝坂水神社
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                          写真J知々夫滝坂水神社の御神水
   IJ知々夫滝坂水神社から湧き出る水は昔から信仰を集めている武甲山の伏流水です。神社下を流れる
      押堀川の水も武甲山の伏流水の流れを含んでいます

                    *****廣見寺南側案内板より引用*****
                          妙見菩薩とは 
北辰妙見菩薩、妙見尊星王とも言われる。北斗七星の主星である北極星を諸星の最勝として神格化したもので、災厄除去、国土擁護の菩薩とされております。秩父神社の神札にみられる妙見神は女神。
不動の天帝を補佐する亀の背中に乗って出現されます。北斗七星の第七星を「破軍星」とする武神信仰の
象徴である剣を持ちます。
                              妙見塚
   正面幅6.5m、側面幅6.5mの石塚で、中央に妙見菩薩を祀る木製の小さなほこらがあります。
   その両脇には、一対の円形の石があり、「妙見様の座り石」と呼ばれる。毎年12月、秩父夜祭の際には、
   秩父神社から奉納されたと伝わる「奉献妙見宮」の文字の書かれた一対の幟旗をたてる。
   宮地の一部屋台関係者は、12月3日の朝、妙見塚を参拝した後、屋台の奉曵を行っています。

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