トッチャンのウォーキング

アクセスカウンタ

zoom RSS JR日野駅開業120周年記念ウォーク「日野宿、幕末から明治へ

<<   作成日時 : 2010/01/12 19:32   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

  幕末に活躍した新選組のふるさと、甲州街道日野宿。新選組にゆかりの場所をめぐったあとは、
           日野駅開業にあたり今なお残る明治の鉄道遺産を訪ねる
                       JR駅からハイキング   
                    2010年1月11日(月 振替休日)
                             コース
  日野駅⇒日野第一小学校⇒佐藤彦五郎新撰組記念館⇒万願寺中央公園⇒土方歳三資料館⇒石田寺⇒
   甲州街道 万願寺の一里塚⇒日野宿本陣⇒井上源三郎資料館⇒旧日野駅跡⇒日野煉瓦⇒日野駅

      *****日野第一小学校 受付⇒佐藤彦五郎新選組資料館⇒
                   万願寺中央公園⇒土方歳三資料館⇒石田寺 歳三の墓*****
画像
                    写真@日野駅 民家風の駅舎 道路は甲州街道
中央線日野駅は、甲武鉄道八王子延伸の5 ヶ月後の1890 年(明治23 年)1 月6 日に開業しました。
日野駅といえば特徴的な民家風駅舎が有名ですが、これは1937 年(昭和12 年)複線化により
当時の駅が300 メートルほど北の現在の位置に移動した際に建てられたもので、周辺の田園風景と
調和するように設計されたものと言われています。現在の日野駅は、2008 年度における
乗車人員(1日あたり)が27,798 人で八王子支社では16 番目に多い駅です。
画像
                          写真A佐藤彦五郎新選組資料館
平成16年(2005)4月25日(日)開館、土方歳三資料館、井上源三郎資料館に続き、
3館目の私設資料館として開館。幕末、最後の日野宿名主を努めた佐藤彦五郎の自宅でもあった
日野宿本陣に天然理心流の道場を開き、そこには近藤勇や沖田総司、山南敬助らが訪れ、
日野出身の土方歳三・井上源三郎らを交えた、新選組と日野の人々との物語の幕がここから上がりました。
佐藤彦五郎は新選組に物心共に応援を続けたことも知られています。
その佐藤彦五郎が残した膨大な資料から新選組に関係するものを公開しているのがこの資料館です。
土方歳三と佐藤彦五郎の鉄扇など新出の資料も展示されています。
画像
                            写真B万願寺中央公園 WC
画像
               写真C歳三の生家 土方歳三資料館 入口の案内板 クリック拡大で
画像
                        写真D歳三の生家 土方歳三資料館 
CD土方歳三の生家が建て替えを機に、平成2年から自宅の一室を開放して作られている資料館です。
歳三の愛刀「和泉守兼定」や鎖帷子などの武具、写真や手紙などが展示されており、歳三の兄から数えて
五代目・六代目の子孫が直接解説をしてくれます。平成17年春には3倍の広さになって新装開館し、
これまで展示しきれなかった資料も新たに見られるようになりました。
                         
                            +++++石田寺+++++
画像
                            写真E石田寺(せきでんじ)
画像
                          写真F土方歳三の墓 クリック拡大
土方歳三義豊は、天保6年(1835)、土方家の4男として生まれた。青年時代は家業(農業、薬の製造販売)を
手伝いながら、近藤周助について天然理心流を学び、近藤勇、沖田総詞らと知り合った。
文久3年(1863)幕府は将軍家茂の上洛の際、京都における警護の浪士を募集し、近藤、土方らも浪士組に
加わり、新撰組を結成した。近藤が局長、土方が副長となり、京都の治安維持に努めた。
その後、慶応3年(1867)10月の大政奉還により、慶応4年(1868)1月、鳥羽伏見の戦いが勃発し
土方らも参戦したが敗れた。以後、勝沼・宇都宮・会津と転戦し、仙台で榎本武揚の率いる幕府艦隊に合流した。  そして北海道に渡り箱館政府設立に参加し、土方は陸軍奉行並に選任された。
明治2年(1869)官軍の反撃が始まった。土方は弁天砲台に孤立した味方を救出する為に、
箱館市内に突入したが、午前10時ごろ腹部に銃弾を受け戦死した。  5月11日 没 35歳 日野市教育委員会
画像
                          写真G石田寺 大きなカヤの木
多摩川と浅川の合流地点に石立寺のカヤは樹高約26b、目通り幹囲4・2b 樹齢は400年以上と推定される
カヤはイチイ科の常緑高木で雌雄別株であるが、当初のカヤは雌株のほうである。
                        昭和50年(1925)10月指定  市指定天然記念物日野市教育委員会

      *****石田寺⇒甲州街道 万願寺の一里塚⇒日野宿本陣⇒井上源三郎資料館⇒
                   旧日野駅跡⇒日野煉瓦⇒日野駅 (開業120周年写真展) 日野駅*****
画像
                        写真@甲州街道 万願寺の一里塚 市史跡
江戸時代初期の甲州街道は、現在の国立市青柳辺りから多摩川を渡り、市内源平島に通じ、万願寺をへて
日野宿に入った。この一理塚は、日本橋から9里目のもので、慶長年間甲州街道が開かれた折に
造られたものと伝えたれ、日野市内に現存する唯一のものである。元は街道を挟んで2基あり、
北側の1基は取り崩せれた。かっては両方とも径7〜8b高さ3b位あり、塚上には大きな榎が植えられ、
旅人にとっては心身の憩いの場であった。                    昭和54年2月 日野市教育委員会
画像
                         写真A一里塚 案内板 クリック拡大

               +++++初期の甲州街道(現在の万願寺道)を通り日野本陣へ+++++
画像
                               写真B日野宿本陣
画像
                               写真C日野宿本陣
画像
                          写真D天然理心流 佐藤道場跡碑
BCD本陣は都内で唯一残る、江戸時代に建てられた本陣建物です。幕末に日野宿の問屋と
日野本郷名主を務めていた佐藤彦五郎が、本陣兼自宅として元冶元年(1864)12月から使用していました。
佐藤彦五郎は八王子千人同心の井上松五郎から天然理心流を紹介され、近藤周助に入門し
自宅に道場を開きました、ここで近藤勇・土方歳三・沖田総司らも稽古しました。甲州道中に現存する本陣建物は、  日野宿本陣を含めて小原宿本陣(神奈川県相模湖町)と下花咲宿本陣(山梨県大月市)の三箇所です。
画像
                             写真E井上源三郎資料館
井上源三郎は文政12年(1829)、井上藤左衛門の3男として日野宿に生まれた。天然理心流 近藤周助へ入門、  剣術を学び、文久3年(1863)浪士組みに加わり上京し、新撰組結成後は副長助勤・六番隊長として活動した。
慶応4年(1868)1月鳥羽伏見の戦いで、淀千両松にて銃弾を受けて戦死した。当資料館では井上源三郎、
及びその兄で八王子千人同心であった井上松五郎に関する資料を展示している。
主な展示品は、源三郎宛、天然理心流免許 近藤勇が松五郎に送った“刀”(大和守源秀国) 
松五郎宛、土方歳三書簡などである。                          日野教育委員会
画像
                             写真F天然理心流 木刀
画像
                          写真G日野駅方向を見る 神明橋から
              旧駅は写真の中央付近(鉄塔付近)であったようで、案内板などはない
画像
                                写真H日野煉瓦
         日野駅北西に日野用水が流れる両サイドに日野煉瓦が使われている。(中央線橋下)
画像
                           写真I開業120周年記念式典
画像
                           写真J駅からハイキング ゴール

                         作成に当り          
           日野市観光協会HP及びJR駅からハイキングコース案内を参考にしました
                詳細はこちらへ 日野市観光協会 http://shinsenhino.com/ 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
JR日野駅開業120周年記念ウォーク「日野宿、幕末から明治へ トッチャンのウォーキング/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる