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zoom RSS 越谷市内に流れる元荒川探訪 元荒川橋から中島橋(中川の合流地点)へ 

<<   作成日時 : 2010/06/08 19:14   >>

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「水郷の街」越谷市は東に大落古利根川と中川、西に綾瀬川、中央に東へ曲流する元荒川が流れる。
東武線荒川橋梁上流の元荒川堤は桜の名所であるが、今日は下流域の中川合流地点まで探訪ウォーキング
                        2010年6月6日(日)
                           コース概略
東武伊勢崎線北越谷駅⇒東武線元荒川橋梁⇒元荒川橋⇒越ヶ谷御殿跡の碑⇒宮前橋⇒
    元荒川と葛西親水緑道⇒新平和橋⇒しらこばと橋⇒瓦曽根為井・瓦曽根堰⇒大聖寺⇒不動橋⇒
                  元荒川水管橋 大成橋⇒中島橋(元荒川終点)⇒吉川橋⇒吉越橋⇒JR吉川駅

   *****北越谷駅⇒東武線元荒川橋梁⇒元荒川橋⇒越ヶ谷御殿跡の碑⇒
                    葛西用水(吐き口)⇒宮前橋⇒元荒川と葛西親水緑道⇒新平和橋*****
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                    写真@東武伊勢崎線 元荒川橋梁(左岸下流から)
     ここから100m下流は元荒川橋(旧日光街道に架かる橋)。日光道中の3番目の宿場、越谷宿に入った
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                             写真A越ヶ谷御殿跡の碑
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                           写真B案内板 クリック拡大
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                写真C逆川の葛西用水(吐き口) 吐き口の真上が越ヶ谷御殿跡
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                   写真D葛西用水と「吐き口」を見る 下流の御殿橋から
        CD松伏溜井(古利根川)と瓦曽根溜井(元荒川)を結ぶ葛西用水の水路が逆川。
 以前の逆川は元荒川に合流して終了だったが、現在は元荒川の下を横断して、葛西用水へと繋がっている
 昭和41年、逆川の元荒川の合流点より瓦曽根堰までを背割堤にし、元荒川と瓦曽根溜井の用排水を分離し
 現在の形が造られた。元荒川左岸(呑口)に逆川逆止堰(逆流防止水門)があります
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                          写真E葛西用水中土手(背割堤)
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                  写真F葛西用水中土手 新平和橋付近から振り返って撮影
            EF葛西用水挟んで越谷市役所・土手を挟んで元荒川が流れる 
        葛西用水中土手には初夏には花菖蒲が咲くのだが・・・、見ごろは6月中旬ごろか・・・。

    *****新平和橋⇒(元荒川左岸遊歩道)⇒しらこばと橋⇒
                             瓦曽根溜井・瓦曽根堰⇒元荒川右岸遊歩道)⇒*****
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             写真@越谷市民会館・新平和橋 市役所を見る 元荒川左岸遊歩道から

                     +++++しらこばと橋  平成6年11月30日完成+++++
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                      写真Aしらこばと橋 2008年6月撮影
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                            写真Bしらこばと橋 橋上
          AB都市計画道路、八潮/越谷線(延長17270b 幅員16b)。
   この橋は越谷市の総合振興計画及び建設省の「ふるさとの川モデル事業」に指定された地域にあり、
     元荒川及び葛西用水の合流地点に架かっています。この橋を越谷市のシンボルとするため、
   「しらこばと(市の鳥)」と「水郷越谷」をテーマに、景観の演出をはかり、斜帳橋を採用しました。
    又、橋のデザインは、しらこばとが羽を広げているイメージとしており「しらこばと橋」としました
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                      写真C橋上から葛西用水上流を見る
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                写真D葛西用水、中土手を挟んで元荒川、橋上より上流を見る。

                       +++++瓦曽根溜井・瓦曽根堰+++++
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                            写真E新旧の瓦曽根溜井堰
              赤門(大正13年3月竣工)と現在の瓦曽根堰(平成9年改築)
                     奥に「しらこばと橋」が見えています
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                         写真F瓦曽根溜井・瓦曽根堰の譜(裏面)
       瓦曽根溜井に係る利水の変遷が記されている 抜粋記事はページ末尾に記しました。
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                            写真G大正13年溜井改修
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              写真H瓦曽根堰下流(余水) 約100m下流で元荒川に合流している

   *****元荒川右岸遊歩道⇒大聖寺⇒不動橋⇒元荒川水管橋 大成橋(国道4号線)⇒
               中島橋 元荒川終点⇒吉川橋⇒吉越橋⇒武蔵野線中川橋梁⇒JR吉川駅*****
                            +++++大聖寺+++++
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                             写真@大聖寺 山門
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                              写真A山額「真大山」
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                              写真B真大山大聖寺
                               @AB
   「大相模の不動様」で親しまれている真大山大聖寺は天平勝宝2年(750)の創建といわれ本尊は
 不動明王である。天正19年(1591)徳川家康公遊猟の折、当寺に立ち寄り水田60石を与え「大聖寺」と号した。
 山門は正徳5年(1715)に建立、文化元年(1804)に再建、その後破損、明治17年修繕して
 今日に至っております。正面額字「真大山」は寛政時代の老中松平定信の筆である
                                               越谷市教育委員会 案内板抜粋
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                            写真C徳川家康の寝具
天成18年(1590)関東に入国した家康は民情視察や家臣団の統制を兼ね、鷹狩りをしながら各地を巡遊していた。     この頃に大聖寺に宿泊したと見られ、そのときに使用した寝衣。写真は配布パンフレットより撮影、記事引用
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                            写真Dタブノキの古木  境内
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                            写真Eタブノキの古木
              DE境内のタブノキの樹齢は約500年と推定される。
        幹の南側に枯損部があり、幹の中は空洞になっているが樹勢は旺盛である
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                            写真F元荒川右岸遊歩道
     元荒川の終点(中川の合流地点)まで遊歩道が整備されていて、所々にポケットパークやベンチがある
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                      写真G水管橋と大成橋(国道4号東埼玉道路)
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                         写真H中島橋(102号平方東京線)
  中島橋は元荒川の第一橋(最下流の橋)、中島橋の前身は、昭和5年(1930)竣工の荒川橋(木の橋)
           中島橋の左岸橋詰には荒川橋の竣工記念碑が建っている。
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                        写真I元荒川の終点 上流の中島橋から
    元荒川は吉川橋の上流で中川の右岸へ合流する。写真正面、左から右へ中川が流れる
            合流して中川に直ぐに架かる橋、吉川橋が下流側に見える
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                        写真J合流地点と荒川橋の竣工記念碑
    中島橋の左岸橋詰、記念碑から、元荒川と中川の合流地点を見る。写真左側 中川 右に元荒川
    昔の荒川が昔の利根川に合流しているドラマチックな光景である。しかし、この付近の中川の流路は、
    昭和初期に開削された、人工水路であり、庄内古川を古利根川へ繋いだものですが。
       なお、ここから2.2Km上流では、大落古利根川が中川の右岸へ合流している。
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                               写真K吉川橋
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                              写真L以前の親柱
                             KL
   この付近の中川は、かつては古利根川。吉川橋(昭和2年竣工)の上流では、右岸に元荒川が合流する。
   今でも昔の荒川は昔の利根川に合流していて、昔の利根川(中川)は東京湾へ注いでいる。
   荒川は江戸時代初頭(1630年頃)までは利根川の支川だった。
       又、吉川橋左岸橋詰(上流側)に以前の名残の親柱があり、古利根橋と記してある
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                          写真M武蔵野線中川橋梁 下流から

              今日は此処で終了しました。JR吉川駅まではあと僅かの距離。
             葛西用水中土手の花菖蒲は、まだ開花しておらず残念でしたが
             コースは良く整備され、自然環境も良く、満足の一日となりました

                      作成にあたり下記を参考にしました。
       関東地方の川  アドレス http://www.geocities.jp/fukadasoft/rivers/index.html 
       越谷観光協会        http://www.koshigaya-sightseeing.jp/ 
       大聖寺配布パンフレット
                           今日の万歩計は
     通常歩行 19538歩 いきいき歩行 14540歩 消費i400`i 脂肪燃焼 51c 歩行距離 10`

                 瓦曽根為井に係る利水の変遷   裏面案内一部抜粋 

       慶長19年(1614)為井造成と同時に八条用水と四ヶ村用水が引かれた。
       八条用水・・・八条領の32ヶ村で利水(現在の八潮市 草加市 越谷市の一部)
       四ヶ村用水・・八条領の4ヶ村で利水(現在の越谷市)
寛永8年(1631)瓦曽根溜井から葛西領の亀有溜井に送水する葛西井堀から引かれ
東西葛西領で米造りに使われた。延宝3年(1675)江戸の本所、深川の生活用水として本所上水が引かれた。      なお、葛西井堀と本所上水は後年、溜井亀有が廃止されると西葛西用水(東京葛西用水)として利用され、
その水路の本所小梅から亀有までは、水戸佐倉街道に沿っていたので旅人を船で運ぶ「曳舟川」としても利用された。
延宝8年(1680)谷古田用水が引かれ谷古田領5ヶ村(現在の草加市)の水田に利用された。

                         葛西用水の成立
享保4年(1719)概に開削されていた幸手領用水(万治3年1660年)の利根川の川俣圦樋が増設され、
琵琶溜井、松伏溜井、亀有溜井を連結させた十ヶ領300村、領石高十三万三千石(年貢米)の代用水が成立し、
葛西用水と呼ばれた。        
             表面は瓦曽根溜井・瓦曽根堰の譜の案内  下記参照ください
   東京葛西用水と谷古田用水河畔緑道を歩く http://68535631.at.webry.info/200909/article_4.html

                   最後まで閲覧有難うございました



















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