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zoom RSS 粋と雅のであう街「小江戸とちぎ」 蔵めぐり

<<   作成日時 : 2010/10/16 13:01   >>

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日光例幣使街道の宿場町として、また、巴波川の舟運により商人の町として賑わった栃木市。
市内には、見世蔵や白壁土蔵など450棟を超す蔵造りの建物が残されており、政治経済、文化の中心として
栄えた、北関東有数の商都であった面影が今も残っています。               JR駅からハイキング
10月9日(土)に実施されましたが、当日雨の為、小生は参加を止めましたので本日、同じコースを歩きました
                       2010年10月11日(祭日)
                          コース概略
  栃木駅〜万福寺〜神明宮〜蔵の街観光館〜あだち考古館〜山車会館 蔵の街美術館〜
        山本有三ふるさと記念館〜(蚤の市通り)〜例弊使街道〜〜岡田記念館〜油伝味噌〜
              (嘉右衛門橋)〜(大川橋)〜(開運橋)〜栃木市役所別館 県庁堀〜常磐橋〜
                           幸来橋〜巴波川橋〜うずま公園 瀬戸河原橋公園〜栃木駅

 *****栃木駅〜万福寺〜神明宮/第二公園〜蔵の街観光館〜あだち考古館〜山車会館 蔵の街美術館〜
               山本有三ふるさと記念館〜(蚤の市通り)〜嘉右衛門町通り入口(例弊使街道)*****
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                               写真@満福寺
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                   写真A蔵の街の文化財 三鬼尊 配布パンフレットより
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                           写真B満福寺 案内板
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                        写真C神明宮  栃木のお伊勢様
応永10年(1403年)、栃木城内神明宿(現神田町)に創建。天正17年(1589年)、栃木町の総鎮守となる。
社殿は伊勢皇大神宮に倣い、神明造りです。明治5年(1872年)県社となりました。
現在の拝殿はもと、中教院の講堂として明治8年(1875年)に造られたものです。
栃木の地名は、この神明宮の屋根ぐしの千木(ちぎ)から出たとも言われ、同社に残る応永10年(1403年)、
天正17年(1589年)、文禄2年(1593年)の神明宮棟札は市指定文化財(歴史資料)です

                      +++++蔵の街観光館 あだち考古館+++++
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                           写真D蔵の街観光館(見世蔵)
      この建物は、もと田村家の店舗(見世蔵)、住居(母屋)、付属屋、土蔵群より構成されている。
      田村家は戦前まで「八百金」(屋号は「八百屋」)の名で知られた荒物、朝竿問屋であった。
               この地に店舗を構えたのは8代前の江戸末期ごろとされる。
    現在、大通りに面した見世蔵では、観光案内と土産品販売、奥の土蔵群はお食事処と土産品販売を行う
                 蔵の街観光の拠点施設として活用されています。
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                          写真E蔵の街 観光館のご案内
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                            写真Fあだち考古館
    江戸末期から明治中期に建てられた呉服商の蔵を改修。1号室から7号室まで「美術館」としています。
      浮世絵や錦絵を始めとする、江戸情緒を感じさせる貴重な美術品が多数陳列されている。
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                         写真Gあだち考古館 大通り側入口

                          +++++山車会館 蔵の街美術館+++++
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                            写真Hとちぎ山車会館
     豪華な山車がそろう「秋まつり」を再現2年に一度開催の『とちぎ秋まつり』がデジタル技術を駆使した
       演出と実物の山車3台で再現され、まつりの迫力と山車の素晴らしさを満喫することができる。
                                               平成7年(1995年)2月に開館
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                     写真Iとちぎ蔵の街美術館(通称:おたすけ蔵)
             およそ200年前に建てられた土蔵3棟を改修して美術館として現代に甦らせ、
                    栃木市ゆかりの作家の作品を中心に収蔵。
       蔵の街美術館は、市指定文化財「善野家土蔵通称おたすけ蔵)」(江戸時代後期建築)を改修した
                    特色のある美術館 平成15年3月15日に開館
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                        写真J善野家の「おたすけ蔵」案内
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                         写真K山本有三ふるさと記念館
              『路傍の石』などで知られる文豪・山本有三は栃木市出身。
  館内には、愛用の椅子や回転書架、帽子、服、自筆の原稿や映画化時のポスターなどが展示されている。
          また、この記念館は江戸末期に建てられた見世蔵を改修、整備して平成9年に開館。
      そのため、館内は複数の蔵を繋げたような作りになっており、建物自体も興味深く御覧頂けます

     *****例弊使街道  嘉右衛門町通り入口〜岡田記念館〜油伝味噌〜(嘉右衛門橋)〜*****
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                     写真@例弊使街道 道標(嘉右衛門町通り入口)
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                      写真A嘉右衛門町通り入口(例弊使街道)
           @A例幣使街道  京都から日光東照宮へ幣帛を奉納する勅使が通った道
    元和3年(1617)、徳川家康の霊柩が日光山に改葬されたが、その後正保3年(1646)からは、
  毎年京都の朝廷から日光東照宮への幣帛(へいはく)を奉納する勅使(例幣使という)がつかわされた。
  その勅使が通る道を例幣使街道と呼んだ。例幣使は京都から中山道を下り、倉賀野(現高崎市)から
太田、佐野、栃木、合戦場(かっせんば)、金崎を通り日光西街道と合わさる楡木(にれぎ)を経て日光に至った。
    この例幣使街道が通る栃木の宿は、東照宮に参拝する西国の諸大名も通り、にぎわいをみせた。
          この例幣使街道の一部が今の中心街をなす大通りや嘉右衛門町通りであり、
     その両側には黒塗りの重厚な見世蔵や、白壁の土蔵群が残り、当時の繁栄振りを偲ばせている。

                           +++++岡田記念館+++++
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                            写真B岡田記念館南館
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                            写真C岡田記念館入口
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                              写真D畠山陣屋跡 
      BCD岡田家は550年以上の歴史を持つ旧家で、江戸時代には畠山家の陣屋となっていました。
      4,000平方メートルにも及ぶ広大な敷地に残る土蔵には岡田家伝来の宝物が展示されています。
             岡田家は江戸時代に未開地を開墾して村民に生活の基礎作りを指導し、
                    安定した村落づくりに貢献したと言われています。以来、
               当主の名を取り、この地を嘉右衛門新田(現嘉右衛門町)と称しました。
             同家は例幣使街道沿いの現在地に居宅を構え、代々嘉右衛門を襲名しています。

                      +++++油伝味噌  創業天明年間の味噌屋+++++
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                               写真E油伝味噌
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                                 写真F入口
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                              写真G明治23年ごろ
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                            写真H田楽盛合せ \500
        EFG建物は明治時代の土蔵他5棟が国の登録有形文化財の指定を受けており、
               その店舗の一角で味噌田楽店を併設している

   *****(嘉右衛門橋)〜(大川橋)〜(開運橋)〜栃木市役所別館 県庁堀〜常磐橋〜*****

                    +++++県庁掘  旧県庁跡地唯一の遺構+++++
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                       写真@栃木市役所別館(国の有形登録文化財)
 大正期に町役場として建てられた木造2階建ての建物で屋根には時計台が施され往時の姿を今に伝えています
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                         写真A県庁堀 県指定文化財(史跡)
    南側からに西方向の県庁堀、手前に栃木市役所別館、奥に栃木市役所、堀を挟んで左は栃木中央小
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                      写真B県庁堀 歩いて来た方向、東側を見る
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                             写真C県庁堀附漕渠
         明治4年(1871)の廃藩置県により、下野国は栃木県と宇都宮県にわかれ、さらに、
         明治6年(1873)には栃木県に統合され、栃木町は栃木県庁の所在地となった。
      現在の栃木市役所、栃木市立第二小学校、栃木県立栃木高等学校のある区域がその敷地跡である。
        当時、その敷地外周に、約1kmに及ぶ堀を巡らされ、その堀が今も残り、県庁堀と呼ばれて、
                      多くの鯉が群れ泳ぐ姿を見せている。
 明治16年(1883)第三代県令となった三島通庸(みしまみちつね)はその翌年、県庁を宇都宮に移転したため、
                        わずか13年で県都の幕を閉じている。
 この移転の事情には諸説あるが、当時、栃木町が自由民権運動の拠点であったこともその一因といわれている。
            旧県庁跡地唯一の遺構である県庁堀は平成8年(1996)県指定文化財(史跡)。
                         栃木市役所別館は国の有形登録文化財

         *****常磐橋〜幸来橋〜巴波川橋〜うずま公園 瀬戸河原橋 公園〜栃木駅*****

                        +++++巴波川  栃木の歴史の中心+++++
         幕末期から昭和初期に栄えた問屋町、北関東の商都と呼ばれた栃木市を支えた巴波川。
           巴波川舟運の発達により、東京、埼玉、千葉、茨城などへの物資輸送だけでなく、
              関東と南東北の流通を結ぶ結節点として、問屋業、製造業発展を支えた。
             栃木市の発展に大きな役割をはたしてきた巴波川の舟運は、元和3年(1617)、
   徳川家康の霊柩を久能山から日光山へ改装した際、御用荷物などを栃木河岸に陸上げしたことにはじまる。
             その後、物資の集散地として、部賀舟などが往来し、江戸との交易を盛んにした。
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                        写真@常磐橋から巴波川下流側の綱手道
          綱手道、蔵が立ち並ぶ巴波川沿いの曳道(常磐橋から下流、幸来橋方向を見る
      江戸時代より、巴波川の舟運により発達した栃木市。かつては、湧水もあり流れも速かったため、
            江戸からの帰路は麻綱で舟を曳いてきました。川沿いの曳道が綱手道です。
     川沿いには甍を並べる舟積問屋や豪商の倉庫が当時の面影を漂わせています。写真右に横山郷土館
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                              写真A横山郷土館
          横山家は店舗の右半分で麻問屋、左半分が銀行を営んでいた明治の豪商でした。
        両袖切妻造と呼ばれる貴重な建物には、当時を偲ばせる帳場などが再現されています。
          店舗の両側には鹿沼産の深岩石で作られた蔵が、左右相対して建てられており、
   右が麻蔵、左が文庫蔵で腰まわりに、岩舟石、軒まわりに赤レンガを組み、災害にも対策をほどこした造り。
              それぞれ、間口四間(7.2m)奥行き五間(9m)もある大きな石蔵です

           +++++巴波川(幸来橋〜左岸遊歩道〜巴波川橋〜右岸〜幸来橋 一周)+++++
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                        写真B幸来橋から下流方向遊歩道と巴波川
                写真左黒塀は塚田歴史伝説館、巴波川右岸に遊覧船発着所
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                    写真C遊覧船発着所 発着所付近 左岸遊歩道から
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                         写真D遊覧船と塚田伝説館 左岸から
      塚田家は江戸時代後期の弘化年間(1844〜1848)から木材回漕問屋を営んできた豪商でした。
             当時は木材を筏に組んで巴波川から利根川を経由し、行きは一昼夜、
            帰りは三日三晩をかけて江戸深川の木場まで運んでいたといわれている。
        巴波川沿いの120メートルほどの黒塀、白壁の土蔵の聳え立つ姿が巴波川の水面に移る
                風景は栃木の代表的な景色としてテレビなどでも幾度も登場
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               写真E巴波川綱手道について。見ずらいと思いますが拡大してください
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            写真F瀬戸河原橋から巴波川上流を見る、左に瀬戸河原公園、右、うずま公園
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                    写真G栃木を代表するというB級グルメ「栃木焼きそば」
           ドラマで有名になったというジャガいも入り栃木焼きそばを食べ栃木駅に向かう
                 
                     下記協会HPを参考にしています。 詳しくは
                   栃木市観光協会HP  http://www.kuranomachi.jp/

      今日は雲ひとつない爽やかな秋晴れ、9日雨で参加を止めた栃木に出かける。
         関東の三大蔵町の一つ栃木を歴史を感じながらたっぷりと楽しんだ
                         
                         今日の万歩計は
   通常歩行 18627歩 しっかり歩行 12845歩 歩行距離 8` 消費i 314`i 脂肪燃焼 40g











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