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福がある街、亀戸と言われる,その下町情緒を味わいながら、七福神巡りと天神社をお参りして、 今年5月OPNの東京スカイツリーを存分に望める北十間川を東側から西方向に辿り、浅草駅へ 2012年1月9日(月 祭日) コース 亀戸水神駅〜常光寺(寿老人)〜東覚寺(弁財天)〜香取神社(恵比寿神)(大国神)〜普門院(毘沙門天)〜 亀戸天神社〜亀戸銭座跡〜(横十間川テラス)〜龍眼寺(布袋尊)〜天祖神社(福禄寿)〜 北十間川 歩道橋〜十間橋〜西十間橋〜京成橋〜(スカイツリー)〜東武橋〜 小梅橋〜源森橋〜枕橋(源森川水門)〜隅田川テラス〜吾妻橋〜浅草駅 写真@亀戸水神駅 スタート +++++常光寺 [寿老人]+++++ 写真A常光寺本堂 曹洞宗。本尊は阿弥陀如来、行基の作と伝えられています。又 江戸六阿弥陀詣の6番目の零場として栄えました 写真B寿老人(延命長寿) 写真C六阿弥陀詣 江戸名所図会 門前に六阿弥陀詣道標案内板があります 六阿弥陀詣とは、江戸時代に年2回、春、秋のお彼岸に6ヶ寺の阿弥陀仏を巡拝するもので、その巡拝地は 順に西福寺[北区]、延命院[足立区]、無量寺、与楽寺[北区]、下谷常楽院[調布市に移転] 、常光寺[亀戸] 六阿弥陀詣道標案内板より抜粋、江東区教育委員会 +++++東覚寺 弁財天[芸道富有]+++++ 写真D東覚寺 本堂 真言宗 享禄4年(1531)の創立、江戸時代から亀戸不動として信仰を集めてきました 写真E弁財天(芸道富有) +++++香取神社 恵比寿神(愛敬富財)、大国神(有富蓄財)+++++ F香取神社 境内には七福神の[恵比寿様・大黒様]の水掛け像、[亀戸大根の碑]、 亀戸の地名の由来となった[亀ヶ井]があります 平安末期(665年)に創建されたという江東区最古の神社 平安時代中期、関東で起こった平将門の乱(935〜40)を平定した藤原秀郷が戦勝の返礼として 弓矢を奉納した故事にちなみ毎年5月5日に勝矢祭が行われています。 武道やスポーツ振興の神として広く崇拝されています 写真G水掛け像 亀井戸の聖水を恵比寿、大黒像にお水かけ、痛いところを清め、ご神徳を戴きましょう 写真H 写真I亀ヶ井 昔、この地は[亀の島]と呼ばれる島でした。やがて[亀村]と呼ばれる村が出来、 この[亀ヶ井]という湧水が有名になました。亀戸と云う地名の由来といわれています 写真J亀戸大根の碑 江戸末期の文久年間(1861〜64)ごろに、この神社周辺を中心に大根の栽培が始りました 当時は大根が無い時期で、江戸っ子に亀戸大根と呼ばれて大変重宝がられました 写真K亀戸大根 プレート +++++普門院 毘沙門天[勇気授福]+++++ 写真L普門院 真言宗 亀戸七福神の毘沙門天があります 歌人の「伊藤左千夫」や幕末の名横綱「秀ノ山雷五郎」の墓があります 写真M毘沙門天(勇気授福) +++++亀戸天神社〜亀戸銭座跡+++++ 亀戸七福神に入っていませんが表敬参拝させていただきました 学問の神様として親しまれています。梅や藤の名所で広重の[江戸百景]にも描かれています 今日は成人の日だけに大変賑っておりました 写真N天神社鳥居 写真O 写真P 近くですので亀戸銭座跡へ足を伸ばす 写真Q亀戸銭座跡 江戸時代に、此処で[寛永通宝]を鋳造しました。後の日清紡績工場跡で、 旧住宅公団が住宅を建てるときに、この場所から[寛永通宝銭]が発見されました。又、 直ぐ傍には日清紡績創業の地碑があります 亀戸2−6 写真R銭座絵巻 銭座で行われている銅貨製造工程のうち平研の作業をしている図 銭座絵巻より(享保18年/1728作)と記されている ~~~~~横十間川沿いテラス[天神橋/栗原橋の間]をを歩るいて龍眼寺へ~~~~~ 写真S横十間川 栗原橋(北方角)方向を見る +++++龍眼寺 布袋尊[清簾度量]+++++ 写真21龍眼寺 七福神の弁財天(布袋尊)があります。天台宗 創立は、応永2年(1395)と伝えられています 江戸時代の地誌江戸名所図会には萩を愛でる人々で賑う様子が描かれています 萩の見頃は9月中旬ごろ。又、境内には[芭蕉の句]や[落合直文の歌碑]が見られました 写真22布袋尊(清簾度量) +++++天祖神社 福禄寿[人望福徳]+++++ 写真23天祖神社 七福神の弁財天(福禄寿)があります。毎年9月16日の祭事として、子供による流鏑馬(歩射)が行われています 写真24福禄寿(人望福徳) 写真25亀戸七福神めぐりマップ クリック拡大 パンフレット複写 *****歩道橋〜十間橋〜西十間橋〜京成橋〜東武橋〜小梅橋〜源森橋〜 枕橋〜源森川水門〜(隅田川テラス)〜吾妻橋〜浅草駅***** 北十間川を東側から西方向へ タワーの脚元を流れる北十間川は総延長3.24km、 江戸時代、明暦の大火後の本所開発の一環として開削された運河で西に隅田川、東に旧中川と接続する 横十間川との合流点より西は墨田区内を通り、東は墨田区と江東区の区界となっている ウィキペディアより引用 +++++歩道橋から+++++ 歩道橋は北十間川に架かる人道橋で[亀戸3−36と墨田区文化1−29]を結ぶ 写真@北十間川 東方向を見る 歩道橋から 写真右側;江東区 左側;墨田区 北十間川は約1,5`先で旧中川に合流する 写真A北十間川 西方向を見る 逆さ東京スカイツリーが見られる。カメラマンで賑っている 写真左側に、100m先で横十間川と北十間川との合流地点になる この合流点までが江東区、右側は墨田区になる 写真B歩道橋から約150m西側の十間橋から見るツリー +++++西十間橋からのツリー+++++ 写真C 写真D北十間川に映るツリー +++++更に北十間川沿いを西へ+++++ 写真E北十間川護岸整備工事完成予想図 十間橋付近から東武橋付近まで護岸工事中、完成すると素晴らしい親水テラスになる 写真F間近で見るツリー 写真G源森橋からのツリーと特急りょうもう号 源森川(北十間川)には屋形船も停泊しています 現在の源森橋は昭和3年に架設したもの剛鉄(上路式アーチ橋)が80年経過し、老朽化の為、 平成19年3月に剛鉄(鋼床版銘桁)に架け替えられたものである 平成9年3月 案内板より抜粋 写真H枕橋の橋灯とツリー 枕橋は源森川(北十間川)の河口に架かる橋 元は源森橋といわれていましたが水戸邸の掘割に架かる橋とで男女の枕を2つ並べた様に見えることから 枕橋と呼ばれるようになりました。現在は東側の橋が源森橋と呼ばれています 案内板より抜粋 写真I源森川水門 枕橋から 奥に隅田川が流れる この水門は、台風などによる高潮や異常潮位が発生するおそれのある場合、また 地震の時の津波など緊急時に閉鎖し、水害を防いでいます この後、隅田川テラスから吾妻橋を渡り浅草駅へ 写真J隅田川越しに見るツリー 天気に恵まれた七福神めぐりで今年の一年の招福と健康を祈り、天神様にもお願いしました そして開業前のツリーを北十間川から十分堪能し辰年のスタートを来ることが出来ました 同行くださった友人にも感謝です。ありがとう御座いました 今日の万歩計は 通常歩行12449歩 しっかり歩行10034 消費i470`i 歩行距離7` 消脂肪燃焼38 記事等下記参考に作成しました パンフレット(下町ぶらりマップ亀戸)、コース上の案内板 江東区公式HP〜観光情報〜七福神 http://www.city.koto.lg.jp/ |
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坂東札所めづり 第六回
新春の松もとれた9日の成人の日、横浜弘明寺と東京浅草寺の二カ所の 参拝に出かけたが、時節がら初詣客と成人式の着物姿が多く見られた。 この日は電車利用行程、朝7時に家を出て東武で栗橋からJRライナーに、 横浜から京急で弘明寺に。納経後は横浜市営で中華街に出... ...続きを見る |
ひげ爺の独り言 2012/01/13 12:12 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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明けましておめでとうございま〜す。1月9日(成人の日)の午後、私も隅田川を挟んだ浅草をブラブラしてたんよ。浅草寺に参拝し納経して朱印を貰っていたのでした。今年もよろしくお願いいたします。 |
ひげ爺 2012/01/13 08:44 |
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