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zoom RSS 利根川右岸を歩く 栗橋(利根川橋付近)から関宿へ

<<   作成日時 : 2013/05/23 17:06   >>

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近世以前の利根川は、乱流しながら埼玉平野を数条に分かれて東京湾に流れていました。これが
徳川家康の江戸入府(1590)を契機に江戸時代初期約60年間にわたる工事で太平洋へ
流下するようになった。この一連の工事は「利根川の東遷」いわれ、現在の
利根川の骨格が形成されました。今日は、この東遷の最終段階の重要ポイント、
新たな河道の開削「赤堀川」で、銚子方面に流れるようになった区間の探訪ウォーキング
                            2013年5月13日(月)
                               コース概略
    栗橋駅〜利根川橋下流「常薫寺付近」〜利根川右岸堤坊〜中之島〜
                   関宿城(千葉県立関宿博物館)〜江戸川堤〜関宿橋東堤〜東武動物公園駅

           栗橋駅から静御前の墓見学後、旧街道筋にでて、右折し顕正寺先で利根川堤防へ
                            利根川橋から約600b下流
              この付近の対岸、左岸側の河川敷は栗橋国際カントリークラブ(茨城県)
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                        写真@利根川堤 利根川橋を見る
            利根川(栗橋町・古河市)に架かる橋 国道4号線利根川橋梁(橋長658b)
                    利根川橋傍の法面に「栗橋関所跡」案内板がある
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                        写真A同じ箇所から下流の堤防を見る
                   右手更地は常薫寺があった。堤防強化工事のため移転
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               写真B利根川の東遷と赤堀川の開削 案内板及びマップ クリック拡大 
                            利根川の豊かな恵みを未来まで
                   「利根川の東遷と赤堀川の開削」案内板より複写加筆
                              国境を流れた権現堂川
                 江戸時代以降、下総国と武蔵国の国境は利根川でなく権現堂川
                  (近世以前は古利根川や古隅田川が下総国と武蔵国の国境)
                       現在も権現堂川が、茨城県と埼玉県の県境
              権現堂川の北側は茨城県、五霞村は赤堀川の開削で南側に取り残された。又
            同じように、上流に北川辺町(現加須市)が新川通開削のため利根川の北側に残された

                            ~~~~~利根川右岸堤防~~~~~
    *****元常薫寺付近〜県境界域(権現堂川締切付近)〜権現堂樋管〜新幹線橋梁〜
               新利根川橋〜圏央道利根川高架橋(工事中)〜江戸川流頭部 関宿水閘門*****
                    大規模な堤防強化工事が行われている区間です
        利根川右岸の江戸川分派から小山川合流点の堤防が、ひとたび決壊すれば、その氾濫水は
          埼玉県東部は愚か東京都東部まで達し、首都圏が壊滅的被害を受ける恐れがあります
        現在の堤防は、過去の出水で漏水等が発生するなど、必ずしも安全とは言えない状況にあります
        そこで氾濫区域の生命と財産を守る為、早急な対策として堤防強化(浸透対策を実施しています
                               案内板より抜粋

                  ~~~~~県境界域(権現堂川締切付近)〜権現堂樋管~~~~~
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                  写真C権現堂樋管 茨城県川妻海から129`地点付近
       左岸:茨城県古河市大山、右岸:茨城県猿島郡五霞町川妻 この付近の利根川両岸は茨城県
      右側に川妻給排水機場、利根川と権現堂調節池を繋ぐ樋管で、取水は排水機場をへて権現堂川へ
                           正面には東北新幹線橋梁
              少し上流側(写真手前方向)が権現堂川締切り地点(埼玉/茨城県境)
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                    写真D権現堂川締切ヵ所全景 パンフレットより複写

               ~~~~~東北新幹線橋梁〜新利根川橋〜圏央道利根川高架橋(工事中)~~~~~
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                  写真E東北新幹線橋梁 海から128・4` 右岸上流より
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               写真F新利根川橋 国道4号線バイパスに架かる橋 右岸上流より

                      ~~~~~この付近に堤防強化工事案内板があります~~~~~
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                            写真G堤防強化説明案内
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                 写真H同付近から下流を見る 前方は工事中の圏央道橋脚
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                        写真I圏央道 利根川高架橋工事説明
                   展望デッキになっていて利根川の雄大さが実感できます
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                          写真J工事中の圏央道橋脚

                   ~~~~~圏央道高架橋〜江戸川流頭部 関宿水閘門~~~~~
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                       写真K同橋付近の利根川 下流を見る
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               写真L首都圏氾濫区域堤防強化対策について 案内板 クリック拡大

                これより国土交通省江戸川管理事務所上流出張所管理区域へ
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                          写真M河川管理境界域表示
                        利根川・江戸川は国土交通省が管理
             利根川上流河川事務所大利根出張所と江戸川管理事務所江戸川上流出張所

                            ~~~~~関宿水閘門~~~~~
              利根川より江戸川に入る水量と水位を調節を行うために建設されました
                 工事は大正7年(1918)に始まり昭和2年(1927)完成しました
         水閘門は文字通り、水量調節する「水門」と船の運航の為の「閘門」と併せもつ施設です
        関宿水閘門の完成で、それまで江戸川流頭部の水量調節の役割を担ってきた「関宿棒だし」は、
                         昭和4年(1929)に撤去されました
                               案内板より抜粋
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                         写真N関宿水閘門 利根川口より
            左側:水門、水門部分は大正7年に工事着手し昭和2年に完成しました 右側:閘門
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                           写真O閘門(利根川側扉)
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                      写真P閘門部分 江戸川側出入口方向を見る
               閘門は現在閉じられたいますが「川の日(7/7)」には閘門の扉が開きます
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                       写真Q関宿水閘門の水門(江戸川側口)

      *****関宿水門〜中之島公園〜関宿城〜関宿城址〜
                   権現堂川締切・棒だし〜関宿橋東詰バス停〜バス〜東武動物公園駅*****
                           ~~~~~中之島公園~~~~~
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                           写真@中之島公園について
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                       写真A流頭部中之島公園及び周辺施設案内
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               写真B中之島公園 土木遺構と解説版などの案内図 クリック拡大
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                          写真C棒だしの石 解説版

                        ~~~~~管理橋を渡り「関宿城」へ~~~~~
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                         写真D管理橋から関宿城を見る
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                        写真E関宿城(千葉県立関宿博物館
                 江戸城富士見櫓を模して御三階櫓を再建  休館日 毎週月曜日
                        迂闊でした。今日は月曜日でした残念
         主に河川にまつわる歴史・民俗がテーマ、治水・洪水・河川交通について知ることが出来る

                            ~~~~~江戸川左岸堤へ~~~~~
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                         写真F江戸川流頭部方向を見る
                 正面:関宿城 右の茂みは関宿城址 海から58・9`付近
               1590年徳川家康入府後、家康の実弟松平康元が2万石で入城以降
    城主は交代したが宝永2年(1705)久世重行以降明治にいたるまで代々久世氏の治める領地となった
               明治2年(1869)藩籍奉還後廃城となる現在城跡として残っているのは
               全体の一部で殆どが河川改修により堤防の下に埋もれてしまっている
                               案内板抜粋

                      ~~~~~権現堂川締切付近と棒だし案内板~~~~~
      明治43年(1910)大洪水を契機に利根川、江戸川工事により流頭部が1キロ上流に付け替えられ
                     権現堂川が締め切られました 又、
          昭和2年(1927)関宿水閘門完成で昭和4年(1929)「棒だし」は撤去されました
                             案内板より抜粋
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                    写真G棒だし付近マップ クリック拡大案内板より
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                   写真H流頭部 棒だし平面図 クリック拡大案内板より
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                      写真I棒だしの風景 中之島解説版より複写
                          左側:西棒だし 右側:東棒だし
                 撤去された角石は中之島公園と関宿城博物館に展示、ほかに
              五霞町の善照寺鐘付堂石垣や旧関宿小学校石垣などに使われています
                                 案内板より
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                   写真J同付近から下流を見る 海から58・25`地点
                    見える橋は関宿橋、少し手前に朝日バス停がある
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                          写真K関宿橋東詰朝日バス停
                         此処でバス乗車 東武動物公園駅へ

            自然災害対策は、江戸時代の利根川の流路変更(利根川の東遷)に始まり
       明治時代から昭和初期までの近代河川大改修などの大事業で現在の基礎が出来た、さらに
               カスリーン台風襲撃の教訓を生かした現在も続く堤防強化工事、
              こうした最新の土木工事技術で安心した生活ができていることを知り又、
                           利根川の歴史も勉強できました
                          先人の英知と労苦に感謝ですね、又、
                全行程ご一緒下さった友人にも感謝です。有難うございました。
              
                               今日の万歩計は
    通常歩行 19467歩 しっかり歩行 16445歩 歩行距離 12`  消費i 466`i  脂肪燃焼 50c

                          記事は下記参考に作成しました
                       コース上の案内板及びパンフレット、HP
    国土交通省利根川上流河川事務所発行パンフレット   利根川の東遷・利根川の近代改修の始まり
    国土交通省利根川上流河川事務所 http://www.ktr.mlit.go.jp/tonejo/index.htm〜利根川の紹介
    千葉県の博物館 http://www2.chiba-muse.or.jp/ 〜千葉県立関宿城博物館〜展示案内〜
                                                  周辺スポット〜豆知識

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